「若戸大橋」・・長大橋から沈埋トンネルへ
私が小学5年生だった頃、社会科の教科書に日本国躍進の象徴として「若戸大橋」が紹介されていた。長崎の「西海橋」と併せて紹介してあり、日本の橋梁設計・架設技術がいかに素晴らしいのか強調していた。教科書の写真で見た若戸大橋は、トラスの橋桁から主塔にロープまで華やかな赤色に塗られ、吊り橋特有の美しい曲線と相まって、印象深かった。35年を経た今日でもハッキリと覚えている。 生まれて初めて東京へ向かった小学6年生の冬、寝台列車の車窓に夕日を浴びながら偉容を誇る若戸大橋を見つけたときは感激であった。窓に額をこすりつけながら見入ったものである。 さて、近年は若松区響灘コンビナートの発展により交通量が過激になり渋滞が日常化している。高齢者が多く人口は確実に減少しているのだが、響灘地区は北九州市工業発展のシンボルとして様々な優遇策を用意した結果、リサイクル事業者をはじめ企業進出が進んでいる。また、大型船を接岸できるコンテナターミナルとしても期待されている。そのため、将来を見通して抜本的な解消策を講じなければならなかった。・・・・その結果、国交省と地元が選択したのは長大橋ではなく「沈埋トンネル」であった。 http://www.kitaqport.go.jp/4-wakato.html
沈埋トンネルの利点は多い。長大橋が優れているのは景観が美しい点と取り付け道路に長い距離が必要なため地元業者が施工することでお金を落とせるという点だ。後者は納税者の立場からすると甚だ疑問だが、地元業者および息のかかった議員達には当然望ましいはずだ。まぁ、今回は洞海湾の短い距離にもう一本橋梁を架けることの費用対効果と莫大な建設費の前に、あえなく白旗をあげたということだろう。 下記URLのQ5に詳しい計画図あり。http://www.nahachinmai8.net/toiawase.html
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